商人のココロ

商人のココロ

ちょうど会社にとって変革期の時期でした。

約7年前です。

その当時の安房住宅設備機器は、大幅にスタッフの入れ替わりがあり、
売上げも安定したものではなくなっていました。

そんな時でした。
私がここ、安房住宅設備機器に入社したのは…

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改めまして、こんにちは。
安房住宅設備機器の川名展弘です。
この度は弊社のホームページにご訪問いただき、誠にありがとうございます。

このページでは、安房住宅設備機器のこと、
想い、成り立ち、そしてこれからを、少しでも地域の方々に知ってもらいたく、
私自身のこれまでの歩みも含めて【商人のココロ】と題して綴らせていただきました。

少々長くなりますが、是非このまま読み進めていただければ幸いです。

 父の背中を見た記憶はあまりないですね。(笑)

「あれはなに?これはなに?」

私は小さい頃、興味深く何でも聞きたがる子どもだったらしく、
また父(代表取締役 川名庄一)に重機に乗せてもらったりして喜んでいたらしいです。

今でも重機や自動車が好きなのでなので、
単純に機械モノが好き、ということは当時も今も変わらないようです。

「喜んでいたらしい」というのは、
あまりにも当時、私が幼すぎて記憶がないのです。

他に家族での思い出は…
問われてもあまりないのです。(笑)

なぜかというと、父は忙しく、昭和48年に安房住宅設備機器を創業以来、
給排水衛生空調設備工事・上下水道工事・土木工事を主体とする設備工事店として営んでいました。
(※川名商店の屋号では明治中~後期が創業)

ですので、経営者として仕事が忙しく、晩御飯を一緒に食べることもほとんど無く
家族旅行、家族での団欒も、元旦以外は皆無でした。

そんな環境だったので正直、私自身幼い頃は、
父が何をやってるかはよくわからなかったぐらいでした。

母に関しても、ガソリンスタンドも経営していたので、
そちらに手を取られるかたちで、家族が揃って会える時間も限られたものでした。

と言っても辛いとか、寂しいとかは全くなく、それが当たり前で、
祖父母に面倒を見てもらいながら、南房総の自然の中で元気に駆け回っていました。

中には「お父さんの背中を見て育ったんだね…」と
よく仰っていただけるんですが、実際には父が忙し過ぎて…

だから父の背中を見た記憶はあまりないですね。(笑)

とはいえ、中学、高校と成長していく上で、
父はこんな仕事をしているんだろうな…
というものは少しずつ明確になっていきました。

 仕事に対して真摯に向き合う

【自分が継ぐんだろうな…】

私が、長男ということもあって、
中学、高校の頃には将来、自分が少なくともこの会社に
属しているというイメージは持っていました。

その頃からでしょうか、
【働く】ということが、どういうことかを意識していたのは。

そんな中、高校3年間は、自社のガソリンスタンドでアルバイトを始めました。。
大学では4年間、パチンコ屋さんで。

お世話になったパチンコ屋さんでは、グループリーダーとして、
店舗の鍵や、お金の管理もやらせていただいたのはありがたかったですね。

どちらも、所詮はアルバイトなんですが、とても良い経験をさせていただきました。
仕事に対して真摯に向き合う、きちんとした【結果・責任】を持つ。
ということは意識づけされました。

今思えば、信頼されているというよりは、アルバイトとはいえ、
上司にあたる方との相性が良かったのかなと考えています。

 「勤務先が決まってるからいいよね」

大学受験を控えた頃には、大きく安房住を意識していました。

将来、もし安房住にいるんだったら…どんな学部がいいだろう?と、
考えた結果、大学では法学部と経営学部を受験し、法学部へ進むことに。

就職先に関しては、大学2年、3年の頃でしょうか
父から「ここに行けっ」と言われ、あっさり就職先が決まりました。

昔から意識はしていたのもあって、決まってるから仕方ないかなと
割り切っていました…が、と言いつつも裏側では

正直、葛藤はありました。

大学3年時、本格的に就職活動が始まります。

当時は就職氷河期ということもあり、同級生には
「勤務先が決まってるからいいよね」言われることもありました。

顔では笑いつつ、心の中では逆に…

「逆に自分がやりたいことをやれるっていいよね?」
「色んなところに行くチャンスがあるじゃないか?」

と、声に出さずに問いかけていたこともありました。

そんな同級生を少し羨ましくも見えつつも、示された道を進むこととなります。

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決して、住まいに特化した仕事がしたいという強い想いがあったわけではないですが、
用意されたとはいえ、示された道を進むと心に決めたのは、

自分の立場や、安房住の将来を感じ取り、
既に、商人としてのココロが芽生えていたのかもしれません。

 「人と違うことをやりなさい」

そんな形で、【決まっていた就職先】のF社に入社します。
F社は住宅設備機器、配管材料、管工機材の卸販売の総合商社です。

私が心に秘める仕事への姿勢、考え方のベースとなる
5年半お世話になった会社です。

最初の配属先は、倉庫管理や書類作成の内勤業務。
そこで2年間、社会人一年生として、イロハを学びました。

その後、3年半にわたって営業をさせていただきました。

最初の内勤業務では、在庫管理が主な業務だったのですが、何しろ商品点数が16万点と非常に多く、日々の管理、発注だけ大変だったのが思い出されます。

そんな中で、うれしかったのが電話でのご用命でした。会社の誰かではなく自分に依頼される喜び、もちろん営業スタッフがカバーしきれない部分で、自分に連絡きていることもわかるのですが非常にありがたいなと感じていました。

その後、ルート営業としては3年半、最初は人見知りという性格上、
少し抵抗感あった中でのスタートでした。

営業として、右も左もわからない私に当時の上司がこんなことを言ってくれました。

その時の言葉は、今も私のベースとなっています。

「仕事の受注っていうのは金額じゃないよ。後からついてくるものだから…
人と人との繋がりというのを大事にしなさい。【お前が言うならいいよ…】と言っていただける
お客さんをいっぱい作るんだ。そして人と違うことをやりなさい。決して突拍子もないことをするのではなくて、【それはウチの仕事じゃない】って決めつけないことが大事。そこから人と人との繋がりをつくっていきなさい」

この言葉に感銘を受け、素直に実践すると、
いきなり結果が出てしまったのです。

(今思えばまだまだなんですか…)
エリアとして有利だったということもあったのか、
営業一年目の年度末で、営業スタッフ50名の中で、なぜか売上トップになってしまいました。(苦笑)

とはいえ、自分一人の力ではないということも充分に理解していました。

今でも、上司の方をはじめ、当時の周りの方々、良くしていただいたお客様には
感謝の言葉しか出てきません。

また、普段のお話させていただくのも、経営者の方も多く、
当時から様々な会社関われたのは、今の自分の財産になっています。

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F社にお世話になり仕事を通して、安房住がどんな会社なのか?
設備屋とは何なのか?というのを初めてしっかり理解したように思います。

そして、営業として3年半が経ち、その経験をもって
いよいよ、安房住に戻ることを決意しました。

  5年半の経験で培ったもので、何をしていけばいいんだろう?

ここで、このページの冒頭の約7年前シーンとなります。

当時の安房住では、
私が帰ってくる一年前にリフォーム事業スタート。

ちょうど会社にとって変革期の時期でした。

その当時の安房住宅設備機器は、大幅にスタッフの入れ替わりがあり、
売上も、今ほど安定したものではなくなっていました。

そんな状態でしたので、まず自分は何をしよう?というところからがスタートでした。

本当に何をやっていいのか?という状態だったので、
まずは、倉庫の整理からやっていたのが思い出されます。

他にも、紙ベースの資料、書類を電子化をしたり、
図面を描くのも…一から学び、その上、積算の習得も。。。

ある時は「機械設備工事の見積もりをしろ」と言われ
全く知識がないまま、独学で勉強して仕上げたこともありました。

本当に大変でした。(苦笑)

それでも、教えてもらう、指導してもらうというのがなかったので、
ある
意味自由にやらせてもらったなと思います。
(ありがたいことに「社長の息子が帰って来た!」みたいなありがちな雰囲気も皆無でした)

安房住にとって必要な事、その時にすべきこと、
商売人としてそういったものが、身に付いていたのかもしれません。

そして会社としても少しずつ上向き、新たなスタッフも加わり
新しい安房住へと生まれ変わり、今の安房住となっていったのです。

 生粋の建設業というより【商人】として

安房住の創業の地は、千倉です。

私からすると、ひいおじいさんにあたる方が、
明治半ばから終わりにかけて、軒先で商売をやりだしたのが始まりだと聞いています。

塩や嗜好品、瀬戸物、ガラス屋さん、ガソリンスタンド、土木建材、便器、水道工事
様々な商売を継続しながら、変化しながら今に至っています。

もし仮に、このまま自分が引き継ぐなら、商人として4代目となります。
ですので生粋の建設業というより、私自身は【商人】というイメージです。

何より、私が結局人見知りと言いながら、
営業やってしまっているところが商人なのかもしれません。(笑)

私は、根っからの建築屋ではないかもしれません。
ただ【リフォーム会社、家づくりをずっとやりたい】ということよりも、
南房総地域の人達に必要とされる会社でありたいですし、
時代時代に合わせて、今までも、これからも必要とされるような会社で在りたいと思っています。

南房総の人達に必要とされる会社で、商人でありたい。

最後に、私たち安房住宅設備機器は、これからもずっと…

「昔ながらの住まいに不便を身の回りで感じている人たちのために、また、南房総の地で癒しと寛ぎ、笑顔あふれるより良い暮らしを願っている人たちのために、プロ集団による安心快適な住まい環境を提供することに生き甲斐を感じているリフォーム会社です。」

という思いを胸に、今までのお客さまも、これからのお客さまへも、
南房総地域で住まいの悩みの解決、癒しと寛ぎの住まいを提供し続けていきます。

末筆ではございますが、お客さまの住まいづくりが安心で、
幸せなものになりますよう、心からお祈り申し上げます。